おけはざまの歴史

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- 19. 戦い終わって
桶狭間古戦場まつり:万灯会(5 月中旬)
まんとうえ
織田信長が戦いのあとに、桶狭間の村人に戦死した人を葬るように指図しましたので、村人 は亡くなった人たちを埋葬し七つの墓石を立てて供養しました。それが、七ツ塚の始まりでし たが、今は武路公園付近にある一ケ所が残っているだけです。桶狭間田楽坪は義元最期の地と して代々供養をつづけ大切に守られてきました。そのことが現在の「桶狭間古戦場まつり」と して続けられ、慰霊祭や大池の万灯会として子供たちが手作りした「とうろう」約 3,500 個を 大池の周りに並べ、灯をつけて慰霊するようになりました。
まわ ひ い れ い い れ い さい ま ん と う え く よ う た け じ こうえん でんがくつぼ さ い ご まいそう ぼ せ き
ほうむ
灯ろうの数は今川軍約 2,800 名、 織田軍約 700 名といわれている わん
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